ドレスデン・クロイツとライプツィヒ・トーマスによる「マタイ受難曲」~マウエルスベルガー兄弟が構築した神を感じさせる聖書の世界2009年05月03日 14時43分59秒

ドレスデン・クロイツとライプツィヒ・トーマスによる「マタイ受難曲」

BACH:MATTHAUS PASSION (eurodisc OS-2770~3・K 4枚組み) 1970年1月ドレスデン・ルカ教会にて録音
バッハ:マタイ伝受難曲 BWV244

福音史家:ペーター・シュライアー(テノール)
イエス:テオ・アダム(バス)
ペテロ:ジークフリート・フォーゲル(バス)
ユダ:ヨハネス・キュンツェル(バス)
ポンテオ・ピラト:ヘルマン・クリスティアン・ポルスター(バス)
大祭司:ハンス・マルティーン(バス)
合唱:ライプツィヒ聖トーマス教会付属トーマス学校合唱隊、ドレスデン・クロイツ教会付属クロイツ学校合唱隊
合唱指導および指揮:エールハルト・マウエルスベルガー、ルードルフ・マウエルスベルガー
合奏:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
総指揮:ルードルフ・マウエルスベルガー

 演奏が始まると、オーケストラの響きも含めて、とても精神がクリアな感じがしました。一切の余計な装飾は排除されて大切なものだけがある、感じです。とにかく澄み切った感じを受けます。最初の合唱で、「罪無き神の子羊よ」のところが少年声だけで入ってくるのですが、あまりのクリアさにグサッときました。対比して聴いてしまう女声もなんだか精神的に澄んでいるように聞こえてきて、違和感がありません。ソプラノは、どうしてもアーノンクール盤の印象が強いけれど、この盤は、配役的には納得できるし自然です。

 アルトのブルマイスターさん、好きですねえ。イエス様のテオ・アダムさん、これから起こる全て(磔獄門)を意識しているのが伝わってきて・・・いいですねえ。(でもペーちゃん役のフォーゲルさんへ。ペーちゃんは、そんなふうにカッコ良くしていないですよ。もっと普通のそのへんの好奇心の強い悪気の無いおじさんです。私が持っているイメージはこの盤とは違うかな。)
 証人のゲルダさんとロッチュさんも一瞬の演奏ですが、すんごく切れがあって上手でした。大祭司さんも威厳がありますね。

 ですが、この盤の一番の良さは、何よりも合唱の響きの成分に含まれているクロイツとトーマス教会の少年声です。天の使徒たちの声は、素朴だけれど、華やかさとはまた違った「素そのもの」の、きよらかさ・おだやかさ・やさしさで語りかけ、日常に汚れた私の心や魂を癒したり浄化したりしてくれるような気がします。
 とにかく、どの場面においても、合唱が入ってくる箇所全てが、この盤の聴きどころです。私が少年合唱を聴き続ける所以、声に価値を見出している所以が、彼らの響きから聴こえてきます。

 そして、ここでの少年声は、天の使徒なのですよね。

 人間サイドではなくて、天のサイドに立って、天の立場から、歌っているような気がします。人間の愚かしさや罪を知りなさい、と。(もしかしたら私、クロイツとかトーマナとか、好きなのかなあ・・・)

 Erbarme dich ・・・心に迫ってきます。ハートがあってブルマイスターさん、大人のアルトもステキですねえ。普通っぽいバスのギュンターさんも好き。マタイには、きれいな曲が多いのも素晴らしい。

 又、少年合唱に戻りますが、私はこの盤における少年声を天の使徒、と表現していますが、セリフ的には人間であるパートも、彼らが歌うと違ってくる。例えば、キリストを「十字架につけよ!」と叫ぶ場面。
 盤によっては、人間の嫉み妬み愚かしさ業等々、人間のどうしようもなく救い難い側面をそのまま臨場感に溢れた状況の中で聴かせられるのですが、この盤では違います。ゆっくりと歌われることで、
「(イエスを)十字架につけよ!と、あなた方が望んだのですよ」と聴いている私たちが確認を求められるような気分になるのです。
 その後のコラールや、各パートのアリア・レチタティーボでも、再度の「十字架につけよ」の合唱でも、それがテンポを落として冷静に歌われることで、その場に居合わせた群衆の一人としての私の行動を自分に問わされる訳です。
 ここまでするか?的にキリストを苦しめ処刑した後で、「まことにこの人は神の子であった」の短い合唱があるのですが、天の使徒たちが天上から人間の気持ちを代弁して歌うかのごとく、旋律もその声も浄らかに聴こえてきます。

 最後近くのレチタティ-ボ。
 バス、テノール、アルト、ソプラノのソリストと順に音が高くなっていく中、合唱が間に絡む曲ですが、ソリストたちが自然なのと、合唱の演奏にも芸があって、例えば、バスの次の合唱には天の使徒くんたちのソプラノの響き成分を効かせるとか、アルト・ソロとソプラノ・ソロの間の合唱は、変声後の使徒お兄ちゃん成分をさりげなく強調した上でソプラノくんたちの声を重ねるとか、演出をしてくれるのです。

 ドレスデン・クロイツとライプツィヒ・トーマスそれぞれで指揮をするルドルフ&エルハルト二人のマウエルスベルガー兄弟によって表現されたこの「マタイ受難曲」の聖書の世界のシーンは、おそらく、その世界で生きている人たちにとって、最も自然に端正に息づき、この物語りの向こうには、「神」の存在を感じることができる演奏になっていると思います。

ドレスデン聖十字架合唱団 ~ 言葉の持つ力 DRESDNER KREUZCHOR2008年10月27日 10時31分28秒

シュッツ:十字架上の7つの言葉 ドレスデン聖十字架合唱団

シュッツ:十字架上の7つの言葉 7つのクライネ・ガイストリッヒェ・コンツェルテ(ARCHIV PRODUKTION MA 5012)

Recording : Dresden,Lukaskirche, 2.-4.3.1966, 9.-3.10.1966, 27.11.1966 Leitung:Rudolf Mauersberger


 シュッツの「十字架上の7つの言葉」は導入部の合唱から始まるが、合唱が Da Jesus と歌い出すまさにその Jesus のソプラノだけで胸を締め付けられる。

 罪のない(と設定されている←この辺、他意はなく、宗教論争する気もありません)イエスが十字架にかけられ、こときれる最後の瞬間を表現した作品だから当然といえば当然なのだが、飾り気無く歌う少年たちの声がこれから語られる情景を予感させて重く切ない。

 福音史家はここでは語られる内容によってテノールだけではなくてソプラノやアルト(5人の少年合唱団員)バス等で歌い分けられる。
 そして福音史家にすべてのパートを揃えたことがイエスがこときれる直前を説明するシーンでは4つのパートが揃って歌うことでクライマックスを導き大きな効果を上げるのである。

 導入部の合唱の後、オーケストラ演奏で一息入れて、物語が始まるのだが、最初の福音史家はアルトの少年から演じられる。これがファンにはたまらない。
 福音史家のテノールとイエスのテノール、イエスと共に左右それぞれの十字架に架けられている犯罪人等、バスやテノールの使い分けや歌い分けもしっかりしている。

 無骨にも感じるほどそっけない媚びない少年たちのソロが、「キリストの魂」「神よ、わたしに清らかな心を与えてください」等々、口先だけの記号としてではなく、真に意味を持った言葉として、言葉に力を与えているように感じた。

 最後にLeitung:Rudolf Mauersberger様にお詫び。
 CDで聴いたときには、思いっきりボロボロにけなしてしまってごめんなさい。でも、この頃の、あなたとクロイツの良さは、ストレートな音を聴かせるレコードだからこそ、伝わってくるように思うのです。
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