サロンの優雅なバッハ ~ La Maîtrise de Garçons de Colmar コルマー少年合唱団の3人のソリスト ― 2011年12月01日 20時24分18秒



メインは、AMARILLIS というリコーダー、ハープシコード、チェロその他等による3人の仲良さそうな音楽家の楽器演奏で、そこに、コルマー少年合唱団の3人の団員くんによるソロが数箇所入ります。
あの大企画のバッハとは違い、編制によるのかもしれませんが、演奏者に心の余裕があって、リラックスして自由に音楽する雰囲気を楽しんでいるかのようです。優雅な階級のサロンに気心の知れた人たちが集って催される音楽会の趣です。で、聴いている私も、苦手なバッハなのに、つい、身体が音に乗って動いたりして。
あの大企画のバッハとは違い、編制によるのかもしれませんが、演奏者に心の余裕があって、リラックスして自由に音楽する雰囲気を楽しんでいるかのようです。優雅な階級のサロンに気心の知れた人たちが集って催される音楽会の趣です。で、聴いている私も、苦手なバッハなのに、つい、身体が音に乗って動いたりして。
合唱団員くんたちも、バリバリ訓練系というよりは、天然自然発生系で、実にオーボエに似合う演奏です。自己主張しない声というか演奏というか、でも「良い味」があって・・・お互いの音や個性を認め合い、生かしながら演奏して、音楽している、って感じのCDです。上手いでしょ?という押し付けが無いので、聴いているとホッとします。
「即席」であることの魅力 ~ ミゲル ― 2011年11月30日 20時14分21秒


(UCCS-1147)
帰宅したら届いていました。
注文していたんですね。覚えていなかったです・・・。
CDカバー。性格良さそうな笑顔ですね~。
第2アルトの魅力かな?
低い声が案外、選曲に似合います。
上手ですが、歌いこんだという感じではなく、才能が課題をクリアした感じ、ですかね?
不思議な選曲ですが、これはこれで面白いです。
帰宅したら届いていました。
注文していたんですね。覚えていなかったです・・・。
CDカバー。性格良さそうな笑顔ですね~。
第2アルトの魅力かな?
低い声が案外、選曲に似合います。
上手ですが、歌いこんだという感じではなく、才能が課題をクリアした感じ、ですかね?
不思議な選曲ですが、これはこれで面白いです。
「旅立ちの日に」迫力があって素敵でした。
神さまと自分だけの静かでおだやかであたたかいクリスマス~ Libera ― 2011年11月29日 20時18分25秒

(EMI 50999 0 84353 2 3)
Libera というよりも、St.Philips Choir のCDみたいです。
普通の?イギリスの聖歌隊が歌うように、歌われるキャロルを聴いて、あたりまえではありますが、Libera も又、イギリスの聖歌隊のテイストを保有しているのだと思いました。あくまでも音のエッジにエアを含んでソフトに歌われていくなじみのナンバーに心からリラックスしてしまいました。今回のCDには、究極の洗練ともいえた今までの作品とは別の良さがあると思います。とにかく、やさしいのです、心のそこから。限りないやさしさを、命あるものの温もりを、歌声から聴いてしまうのです。合唱からもソロからも。やるじゃないですか、Prizeman氏! こんなに普通中の普通っぽいクリスマスアルバムを堂々と録音してしまうなんて思いもしませんでした。伴奏も控えめでやさしいですし。技術力で芸術の高みへ飛翔する歌声も良し、そして今回のように、高みからふわ~っと舞い降りてきて、温かくそぉ~っと包んでくれるも歌声も良し・・・です。
今回のCDは、楽しいときに聴くのも良いですが、なにかちょっとつらいとき、さびしいとき、悩んでいるとき・・・一人で聴いてみてください。癒されますよ~。雑踏の中で、もしかして、私は一人かもしれないけれど、私を理解してくれる誰かは地上に一人もいないかもしれないけれど、・・・きっと神さまは見ていてくださっている、そんなふうに天使たちが歌っているんです。・・・って聴くのも、クリスマスっぽくって良いです。
聴いてみてください。私は好きですね、このCD。
Libera というよりも、St.Philips Choir のCDみたいです。
普通の?イギリスの聖歌隊が歌うように、歌われるキャロルを聴いて、あたりまえではありますが、Libera も又、イギリスの聖歌隊のテイストを保有しているのだと思いました。あくまでも音のエッジにエアを含んでソフトに歌われていくなじみのナンバーに心からリラックスしてしまいました。今回のCDには、究極の洗練ともいえた今までの作品とは別の良さがあると思います。とにかく、やさしいのです、心のそこから。限りないやさしさを、命あるものの温もりを、歌声から聴いてしまうのです。合唱からもソロからも。やるじゃないですか、Prizeman氏! こんなに普通中の普通っぽいクリスマスアルバムを堂々と録音してしまうなんて思いもしませんでした。伴奏も控えめでやさしいですし。技術力で芸術の高みへ飛翔する歌声も良し、そして今回のように、高みからふわ~っと舞い降りてきて、温かくそぉ~っと包んでくれるも歌声も良し・・・です。
今回のCDは、楽しいときに聴くのも良いですが、なにかちょっとつらいとき、さびしいとき、悩んでいるとき・・・一人で聴いてみてください。癒されますよ~。雑踏の中で、もしかして、私は一人かもしれないけれど、私を理解してくれる誰かは地上に一人もいないかもしれないけれど、・・・きっと神さまは見ていてくださっている、そんなふうに天使たちが歌っているんです。・・・って聴くのも、クリスマスっぽくって良いです。
聴いてみてください。私は好きですね、このCD。
自信に満ちたソリスト~ Alois Mühlbacher ― 2011年11月28日 20時16分35秒

ALOIS-At Midnight (PR 91192)
1作目より、声が幾分、落ち着いたのかな?と思います。
歌は、上手だと思います。声もとても出ています。
ピアノも相変わらず良いと思います。BSのソロCDはたくさんありますが、ファルンベルガー先生のピアノで歌えるなんてアロイス君は幸せだと思います。
マーラーやシュトラウスという選曲も素敵ですよね。
アルバムカバーも渋くて良い感じです。
1曲1曲は、申し分ないんですよね。バッチリ、決まっていますから。表現に自信があるんでしょうね。たぶん。声に余裕もあるんでしょう。たぶん。
・・・でも、ALOIS君の声と演奏は、今回、私が考えるボーイ・ソプラノの魅力のエリアから外れてしまったみたいです。
私の場合、キレイキレイに歌おうとする心根を感じてしまうとダメかも。繕っちゃダメ、ボーイ・ソプラノは。声が出ていればOKというわけじゃないんですね~、私の場合・・・。
激しさと心の抑制と。声だけではなくて、自分自身のハートもコントロールしてこそ、聴き手は感動するのでは? 声がコントロールできていないと思うところもありましたし、品質が落ちている音と感じるところもありました。なんて、気になるあたり・・・私には向いていないBSなんでしょう。それだけのことです。
なんといっても、選曲が良くて、上手なんですから。
故郷の街で家族と一緒の楽しいクリスマス~ Adolf Fredriks Gosskör ― 2011年11月27日 14時11分30秒


In the bleak mid-winter(SCD1139)
そろそろクリスマスですね~。心の中に暖かい暖炉の火とゆり椅子が欲しい季節が近づいています。街の喧騒とは無縁に。(って田舎暮らしの私が言うことでもないか・・・)
さて、この合唱団。
ザラザラした音、とでも言いましょうか。個々の声を均さない音が集合したときの気持ち良さを合唱に感じました。イギリスのキャロルっぽい雰囲気で始まるのだけれど、私が面白いと感じたのは4曲目。・・・ホッホッホ~とか、・・・ノンノンノン~とか、鼻にかかった合唱で歌われるのが楽しいんです。
この合唱団は、私の耳には、ソプラノ、第2ソプラノ、アルトもしくは、ソプラノ、アルト、第2アルトって感じで音域が意外と広い。変声間近?、もしくは変声中?っぽいような男の子のザラついた声が魅力的に感じます。そこが合唱を自然に感じ、リラックスして聞くことができる所以かも。
タイトルにもなっているのは有名な曲ですが、なかなか聴くことのない曲、聴きなれない曲がとても素敵です。男声ソリストさんが入っていますが、それはそれで良いものですね。
都会暮らしの人に、幼い頃に家族と過ごした故郷の街でのクリスマスを思い起こさせるような演奏にも思います。
そろそろクリスマスですね~。心の中に暖かい暖炉の火とゆり椅子が欲しい季節が近づいています。街の喧騒とは無縁に。(って田舎暮らしの私が言うことでもないか・・・)
さて、この合唱団。
ザラザラした音、とでも言いましょうか。個々の声を均さない音が集合したときの気持ち良さを合唱に感じました。イギリスのキャロルっぽい雰囲気で始まるのだけれど、私が面白いと感じたのは4曲目。・・・ホッホッホ~とか、・・・ノンノンノン~とか、鼻にかかった合唱で歌われるのが楽しいんです。
この合唱団は、私の耳には、ソプラノ、第2ソプラノ、アルトもしくは、ソプラノ、アルト、第2アルトって感じで音域が意外と広い。変声間近?、もしくは変声中?っぽいような男の子のザラついた声が魅力的に感じます。そこが合唱を自然に感じ、リラックスして聞くことができる所以かも。
タイトルにもなっているのは有名な曲ですが、なかなか聴くことのない曲、聴きなれない曲がとても素敵です。男声ソリストさんが入っていますが、それはそれで良いものですね。
都会暮らしの人に、幼い頃に家族と過ごした故郷の街でのクリスマスを思い起こさせるような演奏にも思います。
幻想と現実→単に整理整頓の話 ― 2011年10月09日 11時29分20秒
私の部屋は、コレクションしたレコードやCDを保管する部屋としては、世間的には狭いとは言えないとは思うのですが、普通に居住することを前提にして作られた部屋であり、コレクションルームではないので、広さの割りに収納の効率が悪いです。
結果、あったはずのLPやCDが見当たりません。
聴きたいときに即、聴きたいLPが手に取れないのでは持っている意味が薄いと思い、この春頃から、整理整頓を始めたのですが、この頃、わかってきたことがあります。それは、現実をおろそかにすると、幻想を見てしまう、ということです。
たとえば、整頓する前までは、ソロLPなど、イメージの中では、あれもこれも、かなりの種類があるような気がしていました。ですが、ソリストごとに整理してみると、思ったほどありません。あったはずのソリストくんのアルバムも無くて、もしかしたら、聴きたいと思うがあまりの幻想だったのかもしれません。昔、どうしても聴いてみたいCHOIRがあって、ついに夢の中でそのCHOIRの演奏を聴いて感動したことがあるんですよね。そのレベルだったのかも。
合唱のLPも、部屋中にあふれていて、イギリスの聖歌隊のは「持っている」と感じていたのに、合唱団ごとに整理してみたら、種類も数もそれほどではありませんでした。
聴かず嫌いも無く、国籍にもこだわらず収集してきたつもりでしたが、コレクションは偏っていて、整理整頓が進むにつれて、レコードが実はそれほど多くはありませんでした。という、現実が見えてきました。
今はイギリスのCHOIR分が終わり、次はおフランスのCHOIRの整理整頓。
ひとつの団体なり、作曲家なり、曲なりを、じっくりと聴きたくなってきているので、どのあたりを聴くか・・・興味の行く先を整頓しながら見ているところです。
結果、あったはずのLPやCDが見当たりません。
聴きたいときに即、聴きたいLPが手に取れないのでは持っている意味が薄いと思い、この春頃から、整理整頓を始めたのですが、この頃、わかってきたことがあります。それは、現実をおろそかにすると、幻想を見てしまう、ということです。
たとえば、整頓する前までは、ソロLPなど、イメージの中では、あれもこれも、かなりの種類があるような気がしていました。ですが、ソリストごとに整理してみると、思ったほどありません。あったはずのソリストくんのアルバムも無くて、もしかしたら、聴きたいと思うがあまりの幻想だったのかもしれません。昔、どうしても聴いてみたいCHOIRがあって、ついに夢の中でそのCHOIRの演奏を聴いて感動したことがあるんですよね。そのレベルだったのかも。
合唱のLPも、部屋中にあふれていて、イギリスの聖歌隊のは「持っている」と感じていたのに、合唱団ごとに整理してみたら、種類も数もそれほどではありませんでした。
聴かず嫌いも無く、国籍にもこだわらず収集してきたつもりでしたが、コレクションは偏っていて、整理整頓が進むにつれて、レコードが実はそれほど多くはありませんでした。という、現実が見えてきました。
今はイギリスのCHOIR分が終わり、次はおフランスのCHOIRの整理整頓。
ひとつの団体なり、作曲家なり、曲なりを、じっくりと聴きたくなってきているので、どのあたりを聴くか・・・興味の行く先を整頓しながら見ているところです。
特定のCHOIRをじっくりと聴くことで、深いところまで行ってその世界を楽しみたいなあ、とか思います。これも「幻想」に過ぎないのかもしれませんが。
SING FOR EVER ・・・ 私の中の永遠の1枚 ~ ST.PHILIPS CHOIR ― 2011年09月24日 19時39分18秒


SING FOR EVER (BBC CD 692)
このCDをくれ!~と叫び続けて二十数年・・・いらっしゃるもの、なんですね~下さる方が・・・。おそらく同時代のコンサートに通われたと思しき方と、この8月にインターネットで出会い、私にとって特別に思い出のある超貴重なお宝CDを、いともあっさりと、いただいてしまったのでした・・・。未だに信じられん、この奇跡。
一足先に、レコードは確保していたのですが、CDが届いて、デッキにかけ、音が聞こえた瞬間に「コレだ!」と感激したのでした。
もちろん、レコードの音は大切です。
でも、私が昔、来る日も来る日も、聴き続けたカセットの音は、CHOIR友だちが送ってくれたCDからのコピーでしたので、音そのものの雰囲気までもが全く同じで(当然です!)、やっと再び巡り合ったという充実感&幸福感で満たされてしまったのでした。幸せすぎる~。
このCDのときのCHOIRの演奏は、今ほどに洗練されきった風ではなくて、ソリストくんも伴奏も、ちょっとオシャレでやさしくて、素朴で疲れない感じ・・・で大好きなのでした。
どの曲もCDの曲構成もソリストくんも、私にとってはベストです。届いたこのCDを聴いてからというもの、気を緩めると仕事中でも、頭の中でSAN DAMIANOが鳴り響いてて、ぼーっ・・・。
FOR THE BEAUTY OF THE EARTH は、軽やかなフルートが聴こえだしただけで泣けてくるような・・・。私にとってこのCDをイメージする曲なので。
このCD,忘れた頃に、時々男声が聴こえてくるのもアクセントとして、バランス的に良い感じです。だからBGMや環境音楽ではなくて、CHOIRの演奏になっているのです。あくまでも。
「彼方の光」のホーンキャッスルくんは、忘れることのできない特別なソリストくん&曲ではありますが、このST.PHILIPS CHOIR は、私にとって、リベラ以上に意味のある大切で特別な存在でもあるのです。
このCDをくれ!~と叫び続けて二十数年・・・いらっしゃるもの、なんですね~下さる方が・・・。おそらく同時代のコンサートに通われたと思しき方と、この8月にインターネットで出会い、私にとって特別に思い出のある超貴重なお宝CDを、いともあっさりと、いただいてしまったのでした・・・。未だに信じられん、この奇跡。
一足先に、レコードは確保していたのですが、CDが届いて、デッキにかけ、音が聞こえた瞬間に「コレだ!」と感激したのでした。
もちろん、レコードの音は大切です。
でも、私が昔、来る日も来る日も、聴き続けたカセットの音は、CHOIR友だちが送ってくれたCDからのコピーでしたので、音そのものの雰囲気までもが全く同じで(当然です!)、やっと再び巡り合ったという充実感&幸福感で満たされてしまったのでした。幸せすぎる~。
このCDのときのCHOIRの演奏は、今ほどに洗練されきった風ではなくて、ソリストくんも伴奏も、ちょっとオシャレでやさしくて、素朴で疲れない感じ・・・で大好きなのでした。
どの曲もCDの曲構成もソリストくんも、私にとってはベストです。届いたこのCDを聴いてからというもの、気を緩めると仕事中でも、頭の中でSAN DAMIANOが鳴り響いてて、ぼーっ・・・。
FOR THE BEAUTY OF THE EARTH は、軽やかなフルートが聴こえだしただけで泣けてくるような・・・。私にとってこのCDをイメージする曲なので。
このCD,忘れた頃に、時々男声が聴こえてくるのもアクセントとして、バランス的に良い感じです。だからBGMや環境音楽ではなくて、CHOIRの演奏になっているのです。あくまでも。
「彼方の光」のホーンキャッスルくんは、忘れることのできない特別なソリストくん&曲ではありますが、このST.PHILIPS CHOIR は、私にとって、リベラ以上に意味のある大切で特別な存在でもあるのです。
圧倒的な表現力のボーイ・アルトを堪能するヨハネ~テルツ少年合唱団 ― 2011年08月16日 10時55分07秒
BACH: JOHANENNES-PASSION (Deutsche Grammophon 00440 073 4291) rec. 26-30 June 1985, Dom, Graz / dir. Nikolaus Harnoncourt
Helmut Wittek (sopran) - Arie: Ich folge dir glechfalls / Zerfliesse, mein Herze
Christian Immler (alt) - Arie: Von den Stricken meiner Sunden
Panito Iconomou (alt) - Arie: Es ist vollbracht!
Kurt Equiluz (tenor/Evangelist)
Robert Holl (bass/Jesus)
Thomas Moser (tenor)
Anton Scharinger (bass)
最初こそ、楽器うるさい、合唱、元気良すぎ、なんて感じましたが、あっという間に引き込まれていくヨハネです。
アルトの二人はもう、持っている声そのものを超えて表現力もすごすぎる迫力いっぱい。さすがテルツでソリストしているだけのことがある。ただ声が出ているんじゃなくて、なんつ~か、詞の意味(私には翻訳ですケド)が、伝わってくるような表現なんです。
大人のプロ歌手と対等に遜色なくあるいはそれ以上でオペラの舞台に立つ、って経験が生きているんだろうな、と思いました。
あくまでもすばらしいアルトのアリアであって、子どもではないです、この二人。
イムラーくん1曲、パニートくん1曲、ヴィテックくん2曲しか、少年声のソロはありませんが、アルトのアリア2曲を聴くだけでも(映像で歌っている彼らの態度を見るだけでも)このDVDの価値はあります。たとえば、圧倒的な声量で、長音を響かせるモルト・アダージョから緊迫するアップテンポのヴィヴァーチェへの転換、そしてアダージョへと・・・見事に歌い上げていくパニート君は目立って圧巻でした。
曲全体を楽しむも良し、ボーイ・アルトを楽しむも良し、のDVDだと思います。
Helmut Wittek (sopran) - Arie: Ich folge dir glechfalls / Zerfliesse, mein Herze
Christian Immler (alt) - Arie: Von den Stricken meiner Sunden
Panito Iconomou (alt) - Arie: Es ist vollbracht!
Kurt Equiluz (tenor/Evangelist)
Robert Holl (bass/Jesus)
Thomas Moser (tenor)
Anton Scharinger (bass)
最初こそ、楽器うるさい、合唱、元気良すぎ、なんて感じましたが、あっという間に引き込まれていくヨハネです。
アルトの二人はもう、持っている声そのものを超えて表現力もすごすぎる迫力いっぱい。さすがテルツでソリストしているだけのことがある。ただ声が出ているんじゃなくて、なんつ~か、詞の意味(私には翻訳ですケド)が、伝わってくるような表現なんです。
大人のプロ歌手と対等に遜色なくあるいはそれ以上でオペラの舞台に立つ、って経験が生きているんだろうな、と思いました。
あくまでもすばらしいアルトのアリアであって、子どもではないです、この二人。
イムラーくん1曲、パニートくん1曲、ヴィテックくん2曲しか、少年声のソロはありませんが、アルトのアリア2曲を聴くだけでも(映像で歌っている彼らの態度を見るだけでも)このDVDの価値はあります。たとえば、圧倒的な声量で、長音を響かせるモルト・アダージョから緊迫するアップテンポのヴィヴァーチェへの転換、そしてアダージョへと・・・見事に歌い上げていくパニート君は目立って圧巻でした。
曲全体を楽しむも良し、ボーイ・アルトを楽しむも良し、のDVDだと思います。
合唱こそ命 ~ レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊 ― 2011年08月15日 14時19分52秒

JohannesーPassion BWV 245(Archiv Produktion/3310 416-418/1979)
Regensburger Domspatzen / Collegium St. Emmeram /Hanns-Martin Schneidt
Regensburger Domspatzen / Collegium St. Emmeram /Hanns-Martin Schneidt
Tenor(Evangelist)Heiner Hopfner
Bass (Jesus) Nikolaus Hillebrand
Boy Soprano (Arias, Maid) Frank Sachesch-Pur
Boy Alto- Roman Hankeln
Tenor(Arias, Servant)Aldo Baldin
Bass (Peter, Pilate, Arias) Hans Georg Ahrens
もう30年近くも前のことです。当時のCHOIR友だち(Mさんお元気ですか?こちらはひっそりとファンを続けていま~す)から「下手だけれど、あげる」という一言付きでいただいたのが、このカセット3本組でした。その方、たとえば、当時、テルツとWSKのドイツ・ミサを聴き比べてWSKに軍配を上げていたので、おそらく文系揺らぎよりは理系端正さに惹かれていたんだろうと思います。とにかく中でもドイツ語系のCHOIRに特にも詳しい方でした。(以上、思い出話)
古楽器かな?GOOD!です。 何よりもレーゲンスの合唱とコラールが良いです。音の成分の中に、人間的な狡さが心のいやらしさが無いので聴いていて疲れません。もしかしたら合唱は人間の愚かさを出した方が作品として立体的になったのかもしれませんが、それは他の演奏団体がすれば良いことですものね。(赦免して欲しいのは)「バラバ!」と叫ぶシーンですら精神がクリアに聴こえてきます。楽器のひなびた感じがコンディションの良いとはいえないテープのヘロヘロ感との相乗効果で、素朴さ倍増。でもって、聖歌隊員の域を出ないソリスト団員くんたちの真面目な歌唱力にも好感が持てます。なんといっても合唱も含めてソプラノとアルトを少年たちでまかなっているのが、超高ポイントです。
「声の過剰な演技」が大人たちにも無いので、全体的なバランスも良いように感じます。聴き所はアルトとソプラノのアリア、ですかね~。もうちょっと華があったらなあ~。譜面見て一所懸命歌っていみたいに聴こえてくるんですもの。なんて、いかん、いかん。
個人的には説明部分のパートを省いて(作品の主役が消えるけれど)、アリアだけぶつけるように歌わせてみたら面白いかも、などと思いながら聴いていました。(←この場合、演奏は別団体になるな~) それとは別に、合唱&コラールだけ聴きたい。とも。
レーゲンスは本当に合唱が麗しいです。だから、説明部分(Evangelist)も合唱でしてくれたらなあ・・・と思ってしまいます。アリアだけソリストに歌わせて、それ以外は全部、合唱で・・・なんて思って聴いていました。
Bass (Jesus) Nikolaus Hillebrand
Boy Soprano (Arias, Maid) Frank Sachesch-Pur
Boy Alto- Roman Hankeln
Tenor(Arias, Servant)Aldo Baldin
Bass (Peter, Pilate, Arias) Hans Georg Ahrens
もう30年近くも前のことです。当時のCHOIR友だち(Mさんお元気ですか?こちらはひっそりとファンを続けていま~す)から「下手だけれど、あげる」という一言付きでいただいたのが、このカセット3本組でした。その方、たとえば、当時、テルツとWSKのドイツ・ミサを聴き比べてWSKに軍配を上げていたので、おそらく文系揺らぎよりは理系端正さに惹かれていたんだろうと思います。とにかく中でもドイツ語系のCHOIRに特にも詳しい方でした。(以上、思い出話)
古楽器かな?GOOD!です。 何よりもレーゲンスの合唱とコラールが良いです。音の成分の中に、人間的な狡さが心のいやらしさが無いので聴いていて疲れません。もしかしたら合唱は人間の愚かさを出した方が作品として立体的になったのかもしれませんが、それは他の演奏団体がすれば良いことですものね。(赦免して欲しいのは)「バラバ!」と叫ぶシーンですら精神がクリアに聴こえてきます。楽器のひなびた感じがコンディションの良いとはいえないテープのヘロヘロ感との相乗効果で、素朴さ倍増。でもって、聖歌隊員の域を出ないソリスト団員くんたちの真面目な歌唱力にも好感が持てます。なんといっても合唱も含めてソプラノとアルトを少年たちでまかなっているのが、超高ポイントです。
「声の過剰な演技」が大人たちにも無いので、全体的なバランスも良いように感じます。聴き所はアルトとソプラノのアリア、ですかね~。もうちょっと華があったらなあ~。譜面見て一所懸命歌っていみたいに聴こえてくるんですもの。なんて、いかん、いかん。
個人的には説明部分のパートを省いて(作品の主役が消えるけれど)、アリアだけぶつけるように歌わせてみたら面白いかも、などと思いながら聴いていました。(←この場合、演奏は別団体になるな~) それとは別に、合唱&コラールだけ聴きたい。とも。
レーゲンスは本当に合唱が麗しいです。だから、説明部分(Evangelist)も合唱でしてくれたらなあ・・・と思ってしまいます。アリアだけソリストに歌わせて、それ以外は全部、合唱で・・・なんて思って聴いていました。
ウィーン少年合唱団へ~今までどうもありがとう Thank you for the Vienna Boys' Choir ~ Concert in Rikuzentakata-shi of 1992/05/28 ― 2011年08月05日 18時04分35秒


ウィーン少年合唱団
ウィーンの森の物語(TOSHIBA EMI TOVW-3646)March 22, 1992 東京厚生年金会館(ライヴ収録)
このときのソプラノソリストくんはその位置からペーターくんなのだと思うけれど、ビデオにはソプラノソロは収録されていない。だがシューベルトの詩篇から始まる歌声は今聴くと、ウィーン少ならではの独特の歌い回しが健在で繊細に美しい。この頃はTV放送もあって、このビデオには収録されていないメンデルスゾーンが高貴に素晴らしかったりする。
当時はそれほど好きではなかったオペレッタも、今見ると、声も良く演技も昔思っていたよりずっと上手で驚くばかりだ。このビデオの中で団員くんたちは輝ききっている。
1955年に初来日して以来、ウィーン少年合唱団は、2~3ヶ月もの長期に渡り日本全国をくまなく公演するようになり、地方公演も多かったので、私の子ども時代は、少年合唱団=ウィーン少年合唱団であり、その歌声を聴いたことが無くても、名前だけは知っている人が多かったと思う。ここ10年くらいは大都市中心の公演にシフトしていたので彼らを知らない人も増えた(と思う)けれど、今以上に浸透していた時代があった。
ここ11年間、ウィーン少年合唱団は毎年来日してくれたけれど、残念ながらコンサートには縁遠く、私は3年に一度の来日を待ち続けた時代のファンだ。友だちと隣町へ聴きに行き、コンサートが終わると友だちのお母さんが車で迎えに来てくれていた。車を運転するようになってからは、運転できる範囲内でコンサートを楽しんだ。
1992年のWSKは、仙台在住のCHOIR友だちと一緒に、私は25日の仙台、28日の陸前高田、29日の盛岡で聴いている。このときの陸前高田公演は、人口10万人以下の都市での公演が初めて実現したもので、実行委員会の招聘運動は3年がかりだったと5月30日の東海新報に載っていた。このときのメンバーの中には、帰国後に繊細で清冽な本家天使の歌声系のソロを録音したシュミディンガーくんもいて、撮らせてもらった写真は私の宝物にもなっている。ノートに残っている感想は「マーラーが新鮮だった」くらいだが、今になってみると、公演の度に出ていたライヴ盤は、パンフとともに、記録としても貴重だった。
コンサートの前日、27日に団員君たちは、陸前高田の高田小学校の子どもたちと一緒に、地引網を引き、三陸の魚を獲る楽しみを味わっている。
その約18年後、このときの来日組の公演地、仙台も石巻も陸前高田も2011.03.11に想像もできなかった災害に見舞われてしまうのだけれど、その1ヵ月後には、慈善公演を行い、その収益は、陸前高田市の小学校等に送られるという記事を新聞で読んで、泣けそうだった。
ウィーンの森の物語(TOSHIBA EMI TOVW-3646)March 22, 1992 東京厚生年金会館(ライヴ収録)
このときのソプラノソリストくんはその位置からペーターくんなのだと思うけれど、ビデオにはソプラノソロは収録されていない。だがシューベルトの詩篇から始まる歌声は今聴くと、ウィーン少ならではの独特の歌い回しが健在で繊細に美しい。この頃はTV放送もあって、このビデオには収録されていないメンデルスゾーンが高貴に素晴らしかったりする。
当時はそれほど好きではなかったオペレッタも、今見ると、声も良く演技も昔思っていたよりずっと上手で驚くばかりだ。このビデオの中で団員くんたちは輝ききっている。
1955年に初来日して以来、ウィーン少年合唱団は、2~3ヶ月もの長期に渡り日本全国をくまなく公演するようになり、地方公演も多かったので、私の子ども時代は、少年合唱団=ウィーン少年合唱団であり、その歌声を聴いたことが無くても、名前だけは知っている人が多かったと思う。ここ10年くらいは大都市中心の公演にシフトしていたので彼らを知らない人も増えた(と思う)けれど、今以上に浸透していた時代があった。
ここ11年間、ウィーン少年合唱団は毎年来日してくれたけれど、残念ながらコンサートには縁遠く、私は3年に一度の来日を待ち続けた時代のファンだ。友だちと隣町へ聴きに行き、コンサートが終わると友だちのお母さんが車で迎えに来てくれていた。車を運転するようになってからは、運転できる範囲内でコンサートを楽しんだ。
1992年のWSKは、仙台在住のCHOIR友だちと一緒に、私は25日の仙台、28日の陸前高田、29日の盛岡で聴いている。このときの陸前高田公演は、人口10万人以下の都市での公演が初めて実現したもので、実行委員会の招聘運動は3年がかりだったと5月30日の東海新報に載っていた。このときのメンバーの中には、帰国後に繊細で清冽な本家天使の歌声系のソロを録音したシュミディンガーくんもいて、撮らせてもらった写真は私の宝物にもなっている。ノートに残っている感想は「マーラーが新鮮だった」くらいだが、今になってみると、公演の度に出ていたライヴ盤は、パンフとともに、記録としても貴重だった。
コンサートの前日、27日に団員君たちは、陸前高田の高田小学校の子どもたちと一緒に、地引網を引き、三陸の魚を獲る楽しみを味わっている。
その約18年後、このときの来日組の公演地、仙台も石巻も陸前高田も2011.03.11に想像もできなかった災害に見舞われてしまうのだけれど、その1ヵ月後には、慈善公演を行い、その収益は、陸前高田市の小学校等に送られるという記事を新聞で読んで、泣けそうだった。

これは1992.05.29 10:00am キャピタルホテル前での記念撮影。

2010.05 陸前高田 震災前の海。

2010.05 陸前高田 震災前の高田松原の松林。


おそくら、これが、1992年来日組の団員くんたちが見た風景。
今はもう、この松原は、ない。これらの木々がどこへ流れたのかもわからない。
以前震災時。
阪神淡路大震災の時にはWSKが、新潟県中越大震災のときにはドラケンスバーグが被災地を訪問して、被災者と交流している。
が、今回、原発事故があったことで、この先、当分は、ウィーン少年合唱団だけではなく、外国の少年(少女)合唱団が来日コンサートを開催することはないような気がする。
思えばここ数十年、毎年数多くの少年(少女)合唱団が来日演奏を行ったものだ。
けれど、こうなってみて、かつては日本国内に居ながら多くの少年合唱団を聴くことができた時代を振り返り、改めて、特にも、ウィーン少年合唱団の日本における今までの演奏活動に、心から、どうもありがとう。と伝えたい。
今はもう、この松原は、ない。これらの木々がどこへ流れたのかもわからない。
以前震災時。
阪神淡路大震災の時にはWSKが、新潟県中越大震災のときにはドラケンスバーグが被災地を訪問して、被災者と交流している。
が、今回、原発事故があったことで、この先、当分は、ウィーン少年合唱団だけではなく、外国の少年(少女)合唱団が来日コンサートを開催することはないような気がする。
思えばここ数十年、毎年数多くの少年(少女)合唱団が来日演奏を行ったものだ。
けれど、こうなってみて、かつては日本国内に居ながら多くの少年合唱団を聴くことができた時代を振り返り、改めて、特にも、ウィーン少年合唱団の日本における今までの演奏活動に、心から、どうもありがとう。と伝えたい。
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