少年合唱 レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊Regensburger Domspatzen ~ テオバルト・シュレムス・メソッド ― 2025年12月24日 02時55分23秒

タイトル通り、シュレムス氏の教育改革により、合唱訓練と音楽訓練を経て演奏が変わって行く過程の記録です。演奏そのものを楽しむのとはちょっと違うので、合唱団には必須の記録ですが、外部のファンには需要が限られると思います。
レーゲンスが求めた純粋な響きのために、ビブラートのかからないソプラノは、素朴だけれど、貴重な素材であることを教えてくれます。今回の叔父シュレムスの記録CD、後日の甥シュレムスの演奏会CDと、両シュレムス氏が、レーゲンスにとって、如何に特別で大切な存在で尊敬されていたかがわかります。
とにかく大好きで、昔は、両シュレムス氏の区別さえ頓着せずに「レーゲンス=シュレムス」でレコードを探して聴いて満足していました。現在は、いろいろと便利になって、外国語に疎い私でも資料を読めるようになりました。それが良いんだか、悪いんだか。
ファンである私にとっては、結果としての演奏そのものの輝きが全てで、演奏そのものが大好きなのです。演奏者にとっても、そこだけにスポットライトが当っていて欲しいはず。合唱学校での規律や訓練の厳しさ、指導者のノルマやプレッシャー、ストレスなんてものは、外部には見えなくて良いのです。
ですが、一片の資料から垣間見える、音を作って行く過程から、レーゲンスに限らず、世界中のどこの合唱団を探しても(もしかしてキングスカレッジは別かな?)、それぞれの合唱団の1900年代の魅力には及ばない理由が理解できた気がしました。
レーゲンスが求めた純粋な響きのために、ビブラートのかからないソプラノは、素朴だけれど、貴重な素材であることを教えてくれます。今回の叔父シュレムスの記録CD、後日の甥シュレムスの演奏会CDと、両シュレムス氏が、レーゲンスにとって、如何に特別で大切な存在で尊敬されていたかがわかります。
とにかく大好きで、昔は、両シュレムス氏の区別さえ頓着せずに「レーゲンス=シュレムス」でレコードを探して聴いて満足していました。現在は、いろいろと便利になって、外国語に疎い私でも資料を読めるようになりました。それが良いんだか、悪いんだか。
ファンである私にとっては、結果としての演奏そのものの輝きが全てで、演奏そのものが大好きなのです。演奏者にとっても、そこだけにスポットライトが当っていて欲しいはず。合唱学校での規律や訓練の厳しさ、指導者のノルマやプレッシャー、ストレスなんてものは、外部には見えなくて良いのです。
ですが、一片の資料から垣間見える、音を作って行く過程から、レーゲンスに限らず、世界中のどこの合唱団を探しても(もしかしてキングスカレッジは別かな?)、それぞれの合唱団の1900年代の魅力には及ばない理由が理解できた気がしました。
私はあるときから、その時々の現在のCDに興味がわかず、特定の時代の特定の指導者のレコードを集めて聴くようになりましたが、そういう自分の行動の根本理由が、今回、聴かせていただいたIコレクションのレーゲンスでわかってしまいました。
どんなに録音技術が進化しても、現在の体制や指導では昔の演奏には及ばない、ってことです。レーゲンスに限らず、どこも、現在の体制と比較して昔が良かったとは思いませんが、演奏が良かったことだけは確かです。
私は音楽に関しては好きなだけの素人で、音とかも聞き分けられませんが、演奏から気持ちを読み取るという聴き方をしているので、このCDに収録された曲の中では、「11. レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊の元メンバー約200名が、大聖堂音楽監督のためにレクイエムを歌う」が、他の演奏とは違っていて、訴えるものがあったと思います。(by Hetsuji 2025.12.24 WED up)
私は音楽に関しては好きなだけの素人で、音とかも聞き分けられませんが、演奏から気持ちを読み取るという聴き方をしているので、このCDに収録された曲の中では、「11. レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊の元メンバー約200名が、大聖堂音楽監督のためにレクイエムを歌う」が、他の演奏とは違っていて、訴えるものがあったと思います。(by Hetsuji 2025.12.24 WED up)
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