ボーイ・ソプラノ 凄まじい寂寥感と気品と ~ Sebastian Hennig セバスチャン・ヘニッヒ ― 2008年09月23日 21時17分38秒
PERGOLESI/STABAT MATER/CONCERTO VOCALE/(HMA 1901119) 1983年録音
日本語onlyの私がB-Sを探すのに適した曲いくつかある。
アレグリのミゼレーレ、メンデルスゾーンのHear my prayer、そしてこのペルゴレージのスタバトマーテルだ。
ヘニッヒは、第一声から、緊張感を持って歌っている。
彼のB-Sは、端正で耳に心地よいが、ヘニッヒの歌から伝わる緊張感が、聴くもの(私)の意識を、この曲に対し真摯に向かわせる。
この曲に関しても多くの録音が残されているようだが、誰が何と言おうと、私にとっては、この1枚が名録中の名録であり、PERGOLESI・STABAT MATERの標準となる演奏なのだ。
他の録音を聴くときには、知らず知らずのうちに心の中で、ヘニッヒのB-Sと比較している。楽器演奏も含めてであるが、この演奏には凄まじいばかりの寂寥感がある。ヘニッヒは、単に譜面をたどっているだけではない。ヘニッヒの声には、男声やバイオリンの音に勝る哀愁が有る。
これは出そうと思って出せるものではない。
むしろ歌うもの自らの感情を一切出すことなく淡々と歌って、曲として聴いたときに、曲の持つ深い悲しみや寂しさ、清らかさが結果的に表現されているんじゃないかと思う。
それにしてもヘニッヒのB-Sは美しい。
彼は、1981年にハノーバー少年合唱団の一員として来日したし、変声後にも来日している。
それはそれとして。
私は、普通のボーイ・ソプラノ団員が録音するようなヘニッヒのソロ・アルバムを期待していたが、結局、出なかった。
もちろん、彼は、カンタータ大全集等で活躍はしたけれど、(多忙だったとは思うけれど)、そんなことよりも、もしかしたら、ハノーバー(ファー)少年合唱団の名指導者のご子息という微妙な立場も影響したのではないかと私は邪推していた。
表現力も含めて、もったいない「お声」だったので。こんな声、今となっては、残念ながら、もう無いですし。
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