ボーイ・ソプラノ 深い精神性の自覚 ~ Connor Burrows コナー・バロウズ ― 2008年09月21日 19時29分46秒
boys air choir.believe(VICP-60144)
やはりこのボーイ・ソプラノも外せない一人だろう。
クリスマスになると聞こえてくる定番中の定番の曲ばかりで、聞き流してしまうと面白みに欠ける。
では、なぜ、このつまらない(?)プログラムを あえて歌わせたのか?
コナーなら普通のB-Sでは歌えないような、もっと別な曲を歌えただろう。たぶん、それは、スター・コナー・バロウズのB-Sそのものへの自信に裏打ちされているんじゃないかと思う。
イギリスでは、季節が巡れば、普段の生活に近いところで歌われている曲なんだろうが、B-Sソリストなら誰でもなんとなく簡単に歌ってしまいそうな曲を、コナーは、精神的に深いところで歌っているのが伝わってくる。
ここでのコナーとその声は、少年という一時期の輝きというよりも、一人の個性として円熟期のまさに頂点に有るような気さえする。
この技量にこの選曲では惜しすぎる。
この選曲ならもっと以前に声がまだ幼かった頃に録音していて欲しかった。
そしてこの表現力なら、この時の彼に相応しい曲が他にあっただろう。
他のB-Sとコナ-との決定的な違いは深い精神性の自覚にある。
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見果てぬ夢。
まだ若い声だったときに、
絶頂期に
そして声が下がり始めたときに
コナーの声を
アンソニー・ウェイのスタッフで残して欲しかった・・・。
制作者としてはウェイのスタッフを買っているので。
ボーイ・ソプラノ はかなく優しい世界 ~ DARIEN ANGADI ― 2008年09月22日 10時31分50秒
DARIEN ANGADI (EMI 7EG 8873)
レコードという媒体は実に不思議で、ヘッドフォンで聴いていると、まるで今、現実に、すぐ隣で歌われているかのような錯覚に陥る。ストレートな録音が実に耳に心地よい。
信じられないことだが、このレコードから古さは全く感じなかった。
選曲が昔の音楽の教科書みたいで、これが又、ダリアンの端正な歌い方に実に似合う。伴奏のピアノも良い。
聞こえてくるのはクリアな声で、でもどこか儚くて、しみじみと声に浸ってしまった。
これぞボーイ・ソプラノの醍醐味。
どこまでもどこまでもやさしい世界。
ボーイ・ソプラノ 心を開放するやさしい木管系の歌声 ~ ANDREW QUARTERMAIN ― 2008年09月22日 10時46分09秒
RIU RIU (VS 1161)
SUNG BY ANDREW QUARTERMAIN (BET CHOIRBOY OF THE YEAR) P&C 1988
1988年のBET CHOIRBOY OF THE YEAR受賞直後に録音した盤でしょうか? このBETの受賞者は、その後、録音を残しているケースが多いので、スポンサーとしては他よりも、良いような気がします。 トロフィー(楯)も雰囲気が有って素敵ですし。
RIU RIUはTraditionalらしいですが、調べてもどんな曲なのかわかりませんでした。
盤の印象は、大きい賞を受賞した事実を物語るようにオーケストラもバックの合唱団もニギニギしいものです。ストーリー性の高い曲のようにも思えます。バックに大人のCHOIRを使ったリベラのソリスト風です。
彼の声を聴くためにはもう少し、彼の声以外の音を押さえて欲しかったですね。 スゴイ巻き舌が聞えてはいるのですが。
曲は大袈裟ですが、彼の歌はあくまでも聖歌隊員の演奏で、受け入れやすいです。
当然ながら木管系の声も実に良い。
もっとしみじみ聴きたかったです。
CHILDREN'S VOICE (JOHN RUTTER)になると、旋律は単純POPS風になりますが、ボーイ・ソプラノに似合って、美しい。そこを絞るような木管が歌っていくのですが、伴奏がうるさすぎ。CHOIRBOY OF THE YEARって感じの優しい木管系の歌声を心ゆくまで聴きたいんだから、伴奏に弦楽器はいらないぞ。
CHOIRBOY OF THE YEARってすごく良いな~と思います。
ただ、声がキレイ、だけでは選ばれていないですよね。上手だけでも選ばれていない気がします。この子は、それだけの子ではありません。
ずっとずっと聴いていたい歌声で(伴奏はパスだが)心が開放されていく感じがします。
歌の世界に拡がりがあるんです。
ボーイ・ソプラノ 一瞬の中の永遠 ~ Michael Ward ― 2008年09月22日 11時20分39秒
Introducing・・・MICHAEL WARD(Philips 6308 189, LP) 1973 Made in England
チリチリ音とともにゆったりとしたピアノの前奏が聞こえ、LET THERE BE PEACE ON EARTHの落ち着いた歌声が聞こえてきたとき、なんだか泣けそうになってしまった。
地上にあるあらゆる美しいもの、木々の緑鮮やかな花々、空や雲、光や風や、可愛い動物たち・・・家族や友だち・・・穏やかで満ち足りた日々が歌声から聞こえてきたから。
大切なものが歌声から溢れ、こぼれているように感じた。
トレブルだけに限らないかもしれないが、大袈裟に言ってしまうと、私がB-Sに惹かれる理由の一つには期間限定の一瞬の歌声の中に時として「生命の永遠」が込められているような気がするからだ。
LET THERE BE PEACE ON EARTHにも、それを感じた。
OH! FOR THE WINGS OF A DOVEは、トレブルソロの定番だが、伴奏が軽音楽ふうで耳元で一瞬聞こえるフルートの音も洒落ている。しかも3拍子。さりげなく男声が入ってくるところも良い感じだ。ちょっとないようなアレンジのO FOR THE WINGS OF A DOVEに仕上がった。(だからこそ、O FOR THE WINGS OF A DOVEではなくて、軽音楽ふうにOH! FOR THE WINGS OF A DOVEなのかもしれないが・・・)
このソリストはもしかしたら腹筋が弱いのか声が震える。声もちょっと出にくい感じだ。上手、というのとは違う。達者というのとも違う。でも、歌声から歌うことへの真剣さがヒシヒシと伝わってくる。そこが良い。
B-Sであるときの一瞬の大切さを自覚しているかの歌声。そこも良い。
歌声に非常に謙虚な姿勢。とても良い。
決して宗教曲ばかりを選んではいないが、私には歌っている曲すべてが宗教曲の如く敬虔にきこえてしまう。伴奏のピアノやハープの音もきれいで儚いし、オーケストラもガラス細工のように美しい。
少年の声だけが妙に現実的で「一瞬の存在である少年期の声」を切ないまでにアピールしている。
ボーイ・ソプラノ 表情豊かな音 ~ MICHAEL MORLEY ― 2008年09月22日 17時06分09秒
MICHAEL MORLEY Boy Soprano (LPS 399) Copyright 1951 by The London Gramophone Corporation, New York 1, N.Y. / With Piano Accompaniment by JOHN WILLS
このLPを見つけたとき、激しい動悸がした。
息をのんで最初の音を私は待った。プチプチ・チリチリ・ジリジリ・・・の傷付いた盤面から聞こえてきたのは、表情も豊かで美しいピアノと、そして少年ソリストの心にも耳にもやさしいしかも表現力も声量も艶もある歌声。
少年が歌い、ピアノが歌い、それぞれが十二分に歌を奏でながらも、歌と伴奏とで立体的に歌の世界が更に構築されていくのが素晴らしい。・・・な~んて、私はただただ聴いていただけ・・・。
歌もピアノも完璧。
この盤を聴けば伴奏のピアノがいかに大切か理解できると思う。傷のチリチリ音ですら感傷的に聞こえてくる。とにかく聴いて欲しいソリストの逸盤と言える。
The Better Land にも取り上げられたため、CDでも聴いた。
レコードでのチリチリ音はときに「味」であるが、CDで再生されるときには、そうは感じにくい。(アーネスト・ローをCDとLP両方で聴いてみて思った)
The Better Landにおける彼の音源が良いとは言えず、音源の傷を和らげて少しでも良い雰囲気で音を聴かせようとする努力が、実は、現実のLPの音のリアル感を失っていたようにも思う。
だが、これは、この企画で取り上げられているトレブルの歌を、実際にLPで聴いたから言えることで、知らない世代には障害にはならないのかもしれない。
無傷の音源は実在しないのか?
70年代終わり頃のTrebleの復活CDが無傷であることを考えるとき、この現実は惜しすぎる。
無傷の音源が存在することを切に望む。
ボーイ・ソプラノ イギリスの底力 ~ GWILYM EVANS ― 2008年09月22日 17時28分32秒
GWILYM EVANS
イギリスの底力を感じさせる1枚にまたぶつかってしまった。
EVANSは金属音のない、やわらかく高く伸びる声で丁寧に歌っている。ゆったりと歌われる2.Where'er you walk G.F.Handelも印象的。
このCDは、Treble盤標準仕様的CD
<カバー写真(ポーズも)、選曲、オルガン・ハープ等の伴奏、採録方法>
で製造された、どこか儚げな声のTrebleなのだが、上手下手という次元や作為を越えて、音の存在そのものが心に触れてくるような、素晴らしいアルバムだと私は思う。
レーベルや製造番号もない、文字通りのプライベート盤なのだろうと思うが、最初から売ることを視野に入れ手の込んだジャケットを用意したり宣伝したりのCD以上に、聴いていて心が揺れ動いた。
普通に無心に歌っている、そのことが、過ぎていく時間・やがて失われていくものへの追慕や、だからこそ大切なこの一瞬を感じさせてくれる。
盤そのものに刻まないで、自作のレーベルを印刷した紙を貼った手作り風の温かさにも泣けた。
ボーイ・ソプラノ 凄まじい寂寥感と気品と ~ Sebastian Hennig セバスチャン・ヘニッヒ ― 2008年09月23日 21時17分38秒
PERGOLESI/STABAT MATER/CONCERTO VOCALE/(HMA 1901119) 1983年録音
日本語onlyの私がB-Sを探すのに適した曲いくつかある。
アレグリのミゼレーレ、メンデルスゾーンのHear my prayer、そしてこのペルゴレージのスタバトマーテルだ。
ヘニッヒは、第一声から、緊張感を持って歌っている。
彼のB-Sは、端正で耳に心地よいが、ヘニッヒの歌から伝わる緊張感が、聴くもの(私)の意識を、この曲に対し真摯に向かわせる。
この曲に関しても多くの録音が残されているようだが、誰が何と言おうと、私にとっては、この1枚が名録中の名録であり、PERGOLESI・STABAT MATERの標準となる演奏なのだ。
他の録音を聴くときには、知らず知らずのうちに心の中で、ヘニッヒのB-Sと比較している。楽器演奏も含めてであるが、この演奏には凄まじいばかりの寂寥感がある。ヘニッヒは、単に譜面をたどっているだけではない。ヘニッヒの声には、男声やバイオリンの音に勝る哀愁が有る。
これは出そうと思って出せるものではない。
むしろ歌うもの自らの感情を一切出すことなく淡々と歌って、曲として聴いたときに、曲の持つ深い悲しみや寂しさ、清らかさが結果的に表現されているんじゃないかと思う。
それにしてもヘニッヒのB-Sは美しい。
彼は、1981年にハノーバー少年合唱団の一員として来日したし、変声後にも来日している。
それはそれとして。
私は、普通のボーイ・ソプラノ団員が録音するようなヘニッヒのソロ・アルバムを期待していたが、結局、出なかった。
もちろん、彼は、カンタータ大全集等で活躍はしたけれど、(多忙だったとは思うけれど)、そんなことよりも、もしかしたら、ハノーバー(ファー)少年合唱団の名指導者のご子息という微妙な立場も影響したのではないかと私は邪推していた。
表現力も含めて、もったいない「お声」だったので。こんな声、今となっては、残念ながら、もう無いですし。
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